「あま太郎」は何処に?

中華そば 未分類

下館市の稲荷町に、かつて多くの人に親しまれた食堂「あま太郎」がありました。

今はもう姿を消してしまいましたが、あの場所で食べたラーメンの味は、時間が経った今でも心に残っています。

この記事では、かつて賑わっていた稲荷町商店街の様子や、「あま太郎」で過ごした懐かしい思い出を振り返ります。

忘れられない一杯のラーメン

もう叶わないことですが、今でもふと「あま太郎のラーメンが食べたいな」と思う瞬間があります。

あれは随分前のこと。
ただ、おいしかったという記憶だけは今も鮮明に残っています。

賑わいを見せた稲荷町商店街

かつて下館駅北口から国道50号線へ向かう道には、両側にお店が並び「稲荷町商店街」としてとても賑わっていました。

近隣の市町村からも、中学生や高校生が水戸線やバスで訪れるほどで、身近にありながらも憧れの場所だったのです。

今でも商店街は残っているのかもしれませんが、あの頃のような活気は感じられません。

私自身も中学生、高校生、そして社会人になってからも、稲荷町に出かけるのが楽しみでした。

商店街の中にあった「あま太郎」

そんな稲荷町の商店街の一角に、「あま太郎」という一軒の食堂がありました。

店先では「甘太郎焼き」という和菓子を販売していて、人気があったのかもしれませんが、私は食べたことがありません。

奥に進むと食堂になっていて、テーブルと椅子が並び、おいしいラーメンを食べることができました。

ラーメン以外のメニューがあったのかどうかは覚えていません。
それでも、ラーメンのおいしさだけは強く記憶に残っています。

出前で賑わっていた記憶

「あま太郎」は駅やバス停に近かったため、乗車までの時間を利用して立ち寄る人も多かったと思います。

外から見ると小さなお店に見えましたが、中に入ると意外と奥行きがあり、複数のテーブル席が並んでいました。

私はいつも店先の和菓子には目もくれず、奥の席に座ってラーメンを注文していました。

店内は比較的静かでしたが、出前のバイクがひっきりなしに動いていた印象があります。出前での利用が多かったのかもしれません。

写真が残らない時代の思い出

当時はスマホもデジカメもなく、気に入ったものを気軽に撮影することができませんでした。

そのため、私の手元には「あま太郎」の店構えも、ラーメンの写真もありません。
残っているのは「おいしかった」という記憶だけです。

昔ながらの中華そば

「あま太郎」のラーメンは、下館のソウルフードとして知られる「下館ラーメン」とは違う、昔ながらのシンプルな中華そばでした。

下館ラーメンが正統ではないという意味ではなく、誰もがイメージする「懐かしい中華そば」こそが、あま太郎のラーメンだったと思います。

もう一度食べたい味

いつからお店がなくなってしまったのかは、今では思い出せません。

ただ、当たり前のように食べていたけれど、今振り返れば本当においしいラーメン屋さんだったと心から思います。

できることなら、もう一度だけあの味に出会いたい。
そう願わずにはいられません。

まとめ

かつて下館市・稲荷町の商店街にあった「あま太郎」は、今ではもう訪れることのできない食堂です。

店先では和菓子の「甘太郎焼き」を売り、奥に入れば昔ながらのシンプルなラーメンを味わえる、どこか温かい雰囲気のお店でした。

当時は当たり前にあった風景や味も、いつの間にか姿を消してしまうものです。
写真も記録も残ってはいませんが、「おいしかった」という記憶だけは、今も心の中に残り続けています。

下館ラーメンとはまた違う、昔ながらの中華そばを提供していた「あま太郎」。
多くの人にとって、あの味はきっと忘れられない思い出になっているはずです。

もう一度食べられることはありませんが、「あま太郎」のラーメンを思い出すたびに、懐かしい稲荷町商店街の賑わいも一緒によみがえります。

コメント

  1. エイプリル より:

    甘太郎って大判焼きうってたお店覚えてます!小学校の時、耳鼻科の帰りに寄った記憶が‥あと、シャレードっていう喫茶店があり、そこでプリンアラモード食べるのも楽しみでした‥再開発で2つともなくなりましたね結果スピカも上手くいかなくて、余計賑わいが下館中心部は無くなりましたね‥

    • せきナビ案内人 seki-nabi-owner より:

      コメントありがとうございます。かつてはいろいろな商店があって賑わっていた稲荷町通りも今では素通りしてしまいます。時の流れを感じますね。

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